花と神話~トリカブト

トリカブトに毒があることは昔からよく知られていたので、それはさまざまな悪だくみに一役かっていました。ここで紹介するお話は有名な悪女メディアがトリカブトを用いて悪事を働こうとした時のものです。

パンディオン王にはアイゲウス、パラース、ニーソス、リュコスという4人の息子がいました。父の死後4人の息子はアテナイを攻めその統治権を奪い取り、その地を4人で分割していましたが、宗主権はアイゲウスが持っていました。

アイゲウスには子供がいなかったので、デルポイの神託にどうすれば子供ができるかを伺いました。「アテナイの里に行きつくまでは酒袋の口を開けるな」というのが神託でした。その意味がよくわからないまま、アイゲウスはアテナイに戻りました。

途中トロイゼンに立ち寄りピッテウウス王のところでしばらく逗留していたときのこと、その神託の話を聞いて意味を理解したピッテウスはアイゲウスに酒を飲まし酔っ払ったアイゲウスと自分の娘アイトラーを一緒に寝かせたのです。その結果アイトラーは懐妊しました。帰国するアイゲウスはアイトラーに、
「もし男の子が生まれたら父の名前を教えず育ててくれ。そして巨岩の下に隠してある刀と靴とをその子が取り出すことが出来たらその時父の名をあかしその刀と靴を証拠として持たせアテナイに来させてくれ。」
と言いました。こうして生まれたのがテーセウスでした。

16歳の青年になったテーセウスは、なぜそんなことをしなくてはならないかは知りませんでしたが、母アイトリーの言う通り巨岩を持ち上げ刀と靴を取り出したのです。そこでアイトリーはテーセウスに父親の名前を打ち明けアテナイに行くようにと言いました。

この頃アイゲウス王はコリントスから竜の車で逃げだしたメデイアを妻としていました。アイゲウスとの間に男の子がいたメディアは、テーセウスが自分にとって不利な人間だと思ったのです。そこで、二人がまだお互いに名乗り合っていないのを幸いにテーセウスをなきものにしようとたくらみました。メディアはアイゲウスにこう言いました。
「この男はあなたの王位を狙う者です。この男をアテナイから追い出さなくてはなりません。」

アイゲウスはこの男を追い出す口実として、マラトンの猛牛を退治してくるように命じました。ヘラクレスに憧れ自分も彼のような英雄になりたいと願うテーセスは喜んでその命に従いました。そして難なくその牛を退治すると再びアテナイに戻ってきました。それを見たメディアはますます彼を恐れ、祝宴の席で彼をなきものにしようとまた策を練りました。

祝宴に現れたテーセウスはこう尋ねました。
「旅の途中でいろいろな怪物を退治し、その国をすべてあなたの領土としました。その行為はどんな報償で報われるのでしょう。」

そこにメディアが入ってきてテーセウスの側に立ちました。彼女は実に美しく、しかも身体全体から何とも言いようのないほど良い香りがして、まるでテーセウスを誘惑しているようでした。メディアは金の杯に液体を注ぎながら、
「ようこそ、立派な若者よ!数々の手柄はまさに英雄と呼ばれるにふさわしい。この葡萄酒は休息と命の源です。あなたの傷を癒してくれるでしょう。」
と言ってテーセウスに杯を渡しました。

それを飲もうとしたときテーセウスはメデイアの目を見ました。彼女の目はキラキラと輝き本当に美しかったのですが、なんとその目の中に蛇が映っていたのです。

「ひとつお願いがあります。この神々の飲み物を美しいあなたにまず飲んでいただきたいのです。そうすれば、あなたの唇の香りがブドウ酒に移りいっそう美酒になると思うのです。」

とその杯をメディアに差しだしました。メディアは顔色を変え、
「私はいま身体の調子が悪いので。」
と、しどろもどろに言いました。するとテーセウスは突然大声をあげ、
「飲まなければ、私のこの手でおまえの命を奪ってしまうぞ。」
と、言いました。その場に居合わせたものはことの成り行きをただ恐れ、驚くだけで身動きひとつできないでいました。

次の瞬間、メディアは持っていた杯を床に投げ捨てると、竜の車に飛び乗り、いずこへともなく逃げて行きました。杯が投げ捨てられた大理石の床はどろどろに溶け、その溶けたものからはもうもうと煙が出ていました。

テーセウスは自分の身分を証かすと宮廷中は大喜びし、父王も妻に騙されていたことがわかると暖かく息子を迎えたのです。テーセウスの持っていた刀と靴が証拠になったのは言うまでもありません。

メディアが注いだブドウ酒にはトリカブトの毒が入れられていたのです。トリカブトの猛毒は昔からよく知られていました。その猛毒ゆえに地獄の女王ヘカテに捧げられた花なのです。

 

 

花と神話~トリカブト” に対して2件のコメントがあります。

  1. SugimotoChieko より:

    ギリシア神話はいいですね。「花図鑑」では特に花に関しての神話ばかりを掲載されているようなので、大変楽しみにしています。古代ギリシアの神話でもそこには現代ヨーロッパ文明の本質が語られていると思っています。

    ゼウスの好色やその妻の嫉妬による犠牲は、多くのきれいな花々となっていきます。今回は悪女メディアと猛毒トリカブトのお話でしたが、短編でも読み応え充分で満足でした。
    トリカブトの塊根を乾燥させたものは漢方薬や毒として用いられ、烏頭(うず)または附子(生薬名は「ぶし」、毒に使うときは「ぶす」)と呼ばれるそうですが、俗に不美人のことを「ブス」というのも、これはトリカブトの中毒で神経に障害が起き、顔の表情がおかしくなったのを指すという説もあるそうです。
    きれいな花ですが、怖いので私は自宅で栽培したことがありません。sophia

    1. kumanozakura より:

      コメントありがとうございます。筆者より神話について詳しそうですね。
      花言葉の多くはその花にまつわる神話から来ているので、いずれは神話を紹介したいと思っていました。楽しんでいただけると嬉しいです。

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