花と神話~アネモネ

アプロディーテの息子のエロスは愛を司る神でした。ただ彼の場合困ったことに、恋に対する気まぐれが次第に大きくなっていったのです。年を取るにつれて美しい青年になり、気まぐれも激しくなっていきました。しかも不思議なことに、年をとればとるほどエロスはますます若くなって、弓と矢を持つ背中に翼のはえた子供になっていったのです。

ある時アプロディーテがエロスと遊んでいたときのこと、誤まってエロスの矢で自分の胸を傷つけてしまいました。その傷がまだ治らないうちにシリアの王子アドニスという美しい青年の姿を見て愛するようになりました。

彼女は天上にいるよりもアドニスと一緒に地上にいることを好むようになり、それまでは自分の美しさを守るために日陰でじっとしていたのに、一緒に狩りに出かけたりもするようになりました。しかし、狩りをするといっても野兎や牝鹿などのおとなしい動物を狩るだけで、狼や猪のような人間に向かってくる獣を追いかけたりはしませんでした。

ある時アプロディーテはアドニスに向かって、
「獅子や猪のような恐ろしい獣を追いかけるようなことはしないでおくれ。私はおまえに命をかけてまで立派な狩人になってほしいとは思っていないのだから。私の幸福を壊さないでちょうだい。」
と、言い残すと、白鳥がひく二輪車に乗って出かけていきました。

しかし、アドニスは臆病な男ではありませんでした。犬が猪を穴から追い出したのを見るとそれにめがけて槍を投げつけました。ところが、槍は急所をはずしてしまったのです。傷を受け荒れ狂う猪は、アドニスめがけて突進しその牙を脇腹につきたてました。

アプロディーテは天空で恋人の呻き声を聞きつけるや、急いで引き返してきたのです。そこで彼女が見たものは血に染まったアドニスの亡骸でした。死んでしまったアドニスを抱きしめながら、
「おまえの死を忘れることは決してありません。私の悲しみも消え去ることはないでしょう。おまえの流した血を花に変えることにします。誰も私たちの愛を忘れることがないように。」

と言いながらアドニスの流した血の上に神酒ネクタルをふりまきました。血と神酒が混じると小さな泡ができ、その中からザクロの花に似た花が生まれました。

しかしそれは儚い花でした。優しく風が吹くと花が咲き、二度目の風でもう花びらは散るのです。それでこの花はアネモネと呼ばれるようになりました。アネモネとはギリシャ語のアネモス(風)に由来する名前で、風の花を意味します。咲くも散るも風次第ということなのでしょう。

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