花と神話~クワ

バビロンの町で一番ハンサムな青年はピュラモスで、一番美しい娘はティスベーだと言われていました。二人は隣同士だったのですが、両家は仲が悪かったのです。ところが、この二人の若者は激しい恋に落ち、結婚したいと思うようになりました。しかしもちろん、双方の親は二人の仲を許そうとはしませんでした。それでも二人は人目を避けて逢瀬を重ねていました。

二軒の家の境には壁がありましたが、どうしたことか、小さな割れ目ができていました。それまで誰も気づかなかったのに、恋のなせるわざなのでしょう。二人がその割れ目を見つけました。壁に隔たれた二人はその割れ目を通して言葉を交わせるだけでした。姿は見えなくとも声を聞くことができる。それだけでも二人にはうれしいことだったのです。

「この壁はぼくたちを隔てる憎い壁だけど、これのお陰であなたの声を聞くことができるのだから。」
とお互いに慰め合いました。

夜、別れる時には、その壁にキスをし合って、
「おやすみ、ティスベー。明日もまたここで会おう。」
「おやすみなさい、ビュラモスさま。壁さん、私たちのことは秘密にしておいてね。」
と、言い交わしてから家に戻っていったのです。

しかし、許されない恋に耐えられなくなった二人は駆け落ちをしようと思うようになりました。ある日相談して、夜になったら家を抜け出し、町のはずれにあるニノスの塚のところで落ち合おうということにしました。早くそこに着いたほうは、泉のほとりに立っている白い実のなるクワの木の下に座って待っているという約束をしました。

ティスベーはうまく家を抜け出すと、ベールで顔を隠してニノスの塚までやって来て、約束の木の下に座ってピュラモスが来るのを待っていました。あたりがだんだん薄暗くなったころ、一頭のライオンが水を飲みに泉にやって来ました。ちょうど何かを食べて来たところらしく、口の周りは血だらけでした。驚いたティスベーは岩のくぼみに隠れようとして、ベールを落としてしまいました。水を飲み終えたライオンは地面に落ちているベールを見つけると、それを咥えて振り回したり引き裂いたりして遊んでいましたが、やがてどこかに行ってしまいました。

丁度そのころ、ピュラモスが遅れてやってきました。あたり一面にライオンの足跡があるのを見つけて青くなったのは当然です。さらに血だらけのベールが落ちているのを見た時恋人が犠牲になったと早合点したのです。

「ぼくが遅くなったばっかりに、命より大切なおまえをライオンの餌食にしてしまった。おまえ一人で死なせはしない。ぼくもすぐに行くからね。」
と言いながら、約束の木のところまで行くと、胸に剣を突き立てました。血が傷口からほとばしり出てクワの木を赤く染めました。その血は地面に浸み込み根から幹を伝わってクワの実までも赤く染めたのです。

恐る恐る約束の木のところに戻って来たティベーは、赤くなったクワの木を見て不安を覚えました。その根元を見ると、誰かが倒れているではありませんか。さらに近づいてみると、恋人のピュラモスだったのです。
「私のせいなのね。誰よりもあなたを愛しているから、私はあなたについて行きます。死ぬことだって怖くないわ。私たちは死んでも一緒にいたいから、一つのお墓に入れてくださいね。クワの木さん、私たちの死の記念をいつまでも残しておいてほしいの。あなたの実が私たちの血でいつまでも赤いままでありますように。」

と言うと、胸を突いて死んでしまいました。二人の死を聞いて双方の親たちはやっと二人がどれほど愛し合っていたか、自分たちの理解が足りなかったかがわかったのです。二人の願いは是非かなえてやりたいと思い、神々もそれを認めてくれたので、二人は同じ墓に埋葬されたのです。

こうした訳でクワの木は今も赤い実を結ぶのだということです。クワの木の花言葉は「私はあなたが死んだ後まで生きながららえてはいられない」です。

ロミオとジュリエットのギリシャ神話版です。

 

 

 

 

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