花と神話~ギョウジャニンニク
トロイ戦争が終わり、ギリシャ軍の兵士たちはそれぞれに故郷に帰ることになりました。オデュッセウスも帰還の途についたのですが、その途中で様々な災難に会いました。その中の一つの話です。
オデュッセウスを乗せた船は風に運ばれてアイアイエーと呼ばれる島に漂着しました。そこには太陽神ヘリオスの娘で魔術に長けたキルケーが住んでいました。
オデュッセウスたちは、疲れから2日間はただただ横になっていました。3日目の朝、オデュッセウスはこの島にはどんな人間、怪物が住んでいるのか、一人探索に出かけました。見晴らしの良い岩だらけの高見に出ると、密生した木立の中に、ひとすじの煙が立っているのが見えました。
オデュッセウスは浜辺に戻ると、残った44名を半分に分け、自分とエウリュロコスを隊長にしました。そして、どちらの隊が煙を確認に行くか、くじで決めました。結果、エウリュロコス隊22名が出発することになりました。
エウリュロコスが22人の部下を連れて森の中に入っていくと、立派な館がありました。広い庭にはライオン、トラ、イノシシといった獰猛な獣がうろうろしていましたが、実はこれらの獣はみな元は人間でキルケーが魔法で姿を変えてしまった者たちでした。だから人間には危害を加えようとせず、足元にじゃれついてきました。
そんなこととは知らないエウリュロコス一行はそれらの獣を避けるようにしながら館の方に向かっていきました。館に近づくにつれ中から女性の美しい歌声が聞こえてきました。しばらく様子を伺っていると玄関の戸が開き美しい女性が現れ、
「どうぞ皆さま、私の家にお入りください。お食事も用意が出来ております。」
と、家の中に招き入れました。この美しい女性は、言うまでもなくキルケーでした。
一行は中に入りましたが、エウリュロコスだけは何となく胸騒ぎがして一人だけ外に残りました。外からそっと中を覗いてみると、エウリュロコスの心配は当たっていました。皆は振舞われた酒や食べ物を腹いっぱい食べたのですが、その中には魔法の草の汁が入っていたのです。キルケーが魔法の杖で一行の者をたたくと全員が豚になってしまいました。それを見るやエウリュロコスは大急ぎでオデュッセウスのところへ戻り、一部始終を伝えました。
キルケの館へ向かったオデュッセウスの前に神の使いヘルメースが現れました。
神の使いは珍しい薬草を取り出すと、
「キュルケオーンを調合した飲み物の毒はこの薬草が防ぐので、すぐに剣を抜いてキルケに立ち向かいなさい。」
と、忠告しました。
へルメスの言ったことは間違っていませんでした。いくら魔法の汁の入った酒を飲んでも、食べ物を食べてもオデュッセウスは豚にはなりませんでした。すかさず、オデュッセウスは剣を抜いておどりかかります。キルケは、この男は只者ではないと悟り、オデュッセウスの足元にひれ伏し今までの無礼を詫びました。
そこでオデッセウスは自分の身分を明かし、
「もうこれ以上私たちを苦しめないでくれ。部下をもとの人間に戻してくれ。そうすればこれまでのことはすべて許そう。」と言いました。
キルケーは言われる通り、オデッセウスの部下をもとの人間に戻し、一行を手厚くもてなしました。そうして彼らはギリシャに帰ることも忘れて1年間もこの島で暮らしたのです。